2022年9月23日金曜日

団塊おじさん、お彼岸に父母のお墓のことを思う

 今日は秋分の日でお彼岸の中日です。

『暑さ寒さも彼岸まで』と、昔の人はよく言ったもので、すっかり夏の名残りも薄れて、秋の気配が強くなってきました。

もう何日も昼間でもエアコンをつけなくても済んでいます。

👉電気代が助かります😅


今日は以前に市の健康診断の集団検診を予約(朝8時)していたので、雨の中クルマで会場に行ってきました。

9時には終わったので、「どこかで朝食を」とか思ったのですが、ファミレスなどはカミさんが嫌だというので、結局どこにもよらず家に帰って(いつもの)パンと牛乳とコーヒーの朝食にしました。


ところでお彼岸になるとね、亡き両親のことを思い浮かべてしまいます。

父は75歳、母は79歳でもう20年以上前に亡くなっています。




父は戦争末期にソ連の捕虜となり3年位強制労働に従事し、帰国後は故郷の滋賀県で働いていましたが、35歳くらいの年に新潟に住む戦友のつてをたどって、母と子供(わたしと妹2人)を連れて新潟県新潟市に出てました。

昭和30年(1955年)、新潟大火があった年で、わたしは5歳で妹は3歳と1歳。

父は環境が全く違う慣れない土地で働いて、骨をうずめるつもりで新潟市の霊園にお墓を立てました。

ところがいろいろあって熟年離婚👉別居になってしまった後、父は一人で滋賀県(京都にも)にもどって、滋賀県のもともと檀家であったお寺に先祖代々のお墓を新しく立てました。

75歳で亡くなった父の葬儀後、私が喪主でそのお墓に埋葬しました。


新潟に1人残った母はその後79歳で亡くなり、私が喪主で父が立てた新潟市の霊園のお墓に埋葬しました。


ということで、私の両親は滋賀県と新潟県で別々に眠っていて、息子の私でも2人の関係を理解・納得するには、なかなか難しいものがありましたが、まあ自分たちの人生だからな・・・と納得しています。


母のお墓参りはコロナ前の3年前までは2人の妹と年1回もしくは2年に1度は行っていましたが、それ以後行けていません。

父のお墓参りは、亡くなっての葬儀後2回か3回は行ったのですが、そのお寺との縁も薄いことと遠くなのもありなかなか行けていないのが実情です。


ということで、今年はもうお彼岸に行くのは無理ですが、冬になるまでの11月までには滋賀県にある父の墓参りに行こうと思っています。

かなり山の方の田舎にあるお墓なので、長い階段がありリウマチのカミさんには登るのが大変で、あと何回行けるかわかりません。


両親あるいは先祖代々のお墓が遠方にあるのは、なかなか負担が大きいものですね。


自分が亡くなってしまった場合、嫁に行った2人の妹(あるいはその子供=甥姪)にはどちらのお墓も維持するのが難しい気がします。

そのこともあり私は、カミさんにはどちらのお墓にも入らないので、散骨でもしてもらうように何気なく話しています。

もしカミさんが先に逝くような場合には、また変わってくるので子孫のいない夫婦には考えても難儀なことですね(゚Д゚;)


両親の離婚については、他人はもとより子供でもわからない複雑なこともありますが、今になると私は父親の方の非が大きいかなとは思いますが、それで一方的に父を責めることもできません。


新潟と滋賀のちょうど中間くらいのところに、この世の住まいを持っている息子のわたしが、お彼岸に思うことでした。


1冊の長編小説になるくらいの、もっと詳しい話ももちろんあるのですが、匿名のブログでもなかなか書けません・・・(m´・ω・`)m ゴメン…



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