2021年6月11日金曜日

整形外科で手術した右人差し指の診察、のち新潟地震のこと

 午後3時過ぎ、5月8日に手術した右人差しの診察で、整形外科に行きました。

整形外科医「だいぶ良くなってきましたね、これで指の爪が《先割れスプーン》のようにならなくてちゃんと出てくればいいのだけど・・・。2か月くらいしたらまた診せてください。8月初めに予約入れときますね(^^;)」

いやあ~怖いな怖いな(;゚Д゚)

もし万一《先割れスプーン》のようになったら対処するということで、とりあえず安心・・・か?

下の写真のような感じですが、爪の下のところを手術しました。まだ赤みがあり少し腫れていて光っていますね。

グロで・・<m(__)m> ゴメン! 右指の写真、左手で撮りました

整形外科のあとは、時どき行くヘルシーレストランでカミさんと昼食兼夕食、腹ごしらえしてやはりいつものスポーツ公園で散歩、そしてスーパーでパンや牛乳を買って帰宅、といういつものパターンでした。


そうそう、昭和39年6月16日13時1分41秒に発生したM7.5の新潟地震ですね。

その時刻は、学校の屋上にいてボール遊びをやめて教室に戻ろうとしていた時でした。

グラグラっとすごく揺れて、外を見ると近くの北陸ガスのガスタンクが大きく揺れて中に貼ってある水がざぶんざぶんとこぼれていました。車もゆっさゆっさ。

学校が倒壊することはなく、地上のグラウンドに降りたら、「津波が来るぞ!屋上に行け!」と先生の声👉それで生徒の多くが屋上に避難。

資料によると津波は最大4mだったということで、海水が学校に押し寄せることはありませんでした。

ただし、その津波が信濃川を逆流したのと、液状化などで地下水が噴出して、新潟市中心部の低い地域は床上浸水になり、これが大変な被害でした。

学校グラウンドから見た昭和石油新潟製油所の火災の炎と煙が、数キロメートルも離れているのに、間近に感じられたのが今でも記憶が鮮明です。

全体的な被害は死者行方不明:37名、家屋全壊:1,960棟、半壊6,640棟、浸水15,298棟、被災世帯2万という数字が残っています。

数字だけでは近年の地震被害より少ないように思えますが、実際に14歳で地震にあった光景は、言葉では書ききれないものがあります。

このブログに書けない新潟地震の光景として、新潟地方気象台様のHPに載っていた中の3枚の写真を下に掲載させていただきますので、ご想像ください。

落下した昭和大橋 新潟地方気象台HPより


津波で浸水した気象台付近の状況 新潟地方気象台HPより

倒れたアパートから荷物を出す人々 新潟地方気象台HPより

地獄絵図のような光景は確かに見ましたが、私の家族が怪我をすることなく、住んでいた家も地震で倒壊することなく、津波や地下水の浸水もなく、何とか無事に過ごすことができました。


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