2020年4月1日水曜日

『志村けんさんの遺骨が兄のもとへ』という記事を読んだ

3月29日に志村けんさんが亡くなって、3日経ちました。
志村けんさんの遺骨がお兄さんのもとに戻ってきたそうです。
入院から亡くなってご遺骨になるまであっというまで、ご遺族は悲しむ間もないですね。

この記事とは別に、いままでの報道などによると、
17日に倦怠感を訴え自宅静養。
20日に訪問診察で重度の肺炎と診断され、港区の病院に緊急入院。
21日に人工呼吸器装着、意識がない状態。
23日に陽性と判明。
24日に新宿区の病院に転院、ECMO装着。
29日午後11時過ぎ、意識が戻らぬまま亡くなりました。

ということで、倦怠感を訴えてから12日、入院してから9日、陽性反応が出て6日でお亡くなりになったということで、病気の進行がとても速くあっという間でした。

志村けんさんが入院し『陽性反応』が出て、一時重症だという報道があった時には、回復した米国の俳優トム・ハンクス氏の例もあり、治療が終わったら元気に退院できるのだろうと、わたしだけでなく、なんとなく楽観視していた方も多かったと思います。

実際にはお亡くなりになってしまったので、国民の間にも緊張が高まったと思います。

志村けんさんのお兄さんが、何回も報道陣の質問に答えてくださっていましたが、亡くなってお骨になるまで、結局親族とはガラス越しでしか会えないままだったそうでした。

なんともむごい病気でやりきれないですね。
イタリアやアメリカの様子がテレビで放送されていましたが、やはりどうしても人ごとだったのですが、志村さんの場合は、50年位前から知っている身近な人であるため、インパクトが強すぎました。

志村けんさんは昭和25年の2月生まれということで、24年生まれの私と同学年になります。

東村山市の菖蒲祭りの花菖蒲
pianoman555さんによる写真ACからの写真

東村山市のお笑い好きのやんちゃな青年が、苦難を乗り越え70歳になるまでに、日本の唯一無二のトップコメディアンになりました。

現役バリバリコメディアン
の志村さんとは比べものにならない、団塊OLDのおじさんの私も、社会の片隅ですが、同じ時代を生き抜き古希を迎えてきました。

志村けんさんは古希の祝いをしてすぐ亡くなってしまいましたが、さぞ無念だっただろうと察します、いやそう思う時間もなかったのだろうと思うと何とも言えないですね。

ネットの記事で、多くの芸能人がコメントを寄せていますが、志村さんの人柄が偲ばれるコメントばかりで、フアンだけでなく、同年代や後輩の芸能人に慕われ、愛されていたのが伝わってきます。

またどういう訳?か、YouTubeに志村けんさん関連の動画が突然「おすすめ」にたくさん出てくるもので、いくつか懐かしくて見てしまいました。

志村さんの同年代の私は、ザ・ドリフターズに加入したばかりでやっと売れだしてきた頃、東村山音頭を唄っていたころの、『志村けん』がすきだったなあ~、印象的だったなあ~。なつかしいなあ~。

最近の楽しそうにコントをやっていた『志村けん』もいいなあ~。
もう見れないなあ~。


志村けんさんのご冥福をお祈りいたします。          合掌


ここまで読んでいただきましてありがとうございます。


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