2020年4月18日土曜日

懐かしいなあ~新潟、有名人も

今日はね、例の感染症ウィルスの話ではなく、ふるさとの話です。
あまり興味ないかもしれませんが、もし暇だったら読んでね(^^ゞ

あほうどりさんによる写真ACからの写真

ブログのタイトルの下に、『越後の花は雪椿、日本海荒海育ち』などと、きどって書いていますが、越後の国は新潟県、新潟市(現中央区)が私のふるさとです。
(荒波育ちより荒海育ちの方がピンと来ています)

新潟市は、私が高校生だったころの人口は35万人でしたが、現在は政令指定都市で80万人を数えております。

20の政令都市の中で、15番目。
ちなみに14番目が大阪府堺市で約83万人、16番目が静岡県浜松市で79万人となっております。
たしか昔は浜松市の方が人口が多かったと思います。

新潟市の海のそばで育ちました。
新潟市と言えば日本海の夕日が有名ですが、はるか遠くの佐渡ヶ島を眺めるのが好きでした。

現在は再開発などですっかり変わっていますが、鳥取砂丘ほどではないのですが、昔はきれいな海と大きな砂浜があり、小学校の時よく草野球ならぬ砂野球をしていました。

家から歩いて5分もかからない所がもう海水浴場で、泳ぎはまあまあ得意でした。
天気がよく空気が澄んだ日には佐渡ヶ島がくっきりと見え、夜は望遠鏡で見ると灯台らしき明かりも見えるほどでした。

実はわたしは根が歴史好きな少年だったのですが、天文にも興味があって、中学校になった時、薄給だったおやじにせびって買ってもらった、赤道儀式架台の望遠鏡を持っていたのです。(^^;)

高校を卒業するまでに買ってもらったのはこれだけだったですね。
一時期毎夜毎夜、ただ星を見るだけの天体観測をしていましたね。

そのついでに佐渡ヶ島もよく見ていて、(新潟市からは佐渡の家まではとても見えないのですが)、その佐渡ヶ島のくっきりした家並みが見えるような夢を最近までよく見るのでした。

この望遠鏡は高校を卒業して、名古屋近郊の工場に勤めた後、従兄弟の子供(当時小学生)に上げたんだけど、その彼は数年後地方の大学に入学したばかりの時に、寮で心筋梗塞で誰にも看取られずに亡くなっています。享年18歳。

時々その望遠鏡のことや、彼のことを思い出します。

私にとってのふるさと新潟は、今でも日本海と松林と港の町ですね。

18歳までしかいなかった新潟市ですが、年と共にますます懐かしくなってきますが、年と共に行くことが減ってきています。

新潟県も有名な政治家や芸術家、芸能人が多く出ていますが、根が歴史好きなわたしとしては、やはり歴史上の人物を上げたいと思います。
ごく一部の方々です。敬称略です。

上杉謙信 (戦国大名、武田信玄との戦い有名)
直江兼続 (上杉謙信・景勝の家臣、上杉家家老)
堀部安兵衛(赤穂浪士)
良寛さん (なぜか「さん」をつけてしまう)
河合継之助(幕末越後長岡藩家老、知られていないが凄い人だよ)
前島密  (郵便の父、貴族院議員男爵)
山本五十六(日本海軍連合艦隊司令官)
                   
多くの有名な人物が新潟県出身で誇らしいのですが、中でも新潟県人でもあまり知らない?越後の知られざらる英雄、河合継之助という人物に魅せられている今日この頃です。

司馬遼太郎の河合継之助を題材にした小説「峠」が小泉堯史監督で映画化され、2020年9月に全国ロードショーが行われるそうです。
河合継之助を役所広司が演じますが、どんなもんでしょうか?

とりとめのないところで失礼します。


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