2018年9月19日水曜日

岡林信康氏を「徹子の部屋」で見たので懐かしかった

お昼の時間に付いていたテレビが、「徹子の部屋」という番組になった時、 岡林信康氏(72歳)(ウィキペディア)が、アルフィーの坂崎幸之助氏と一緒に出ていたので、驚きました。
(ウィキペディアに写真は出てないので、必要なら検索はご自分で)

同時に何となく懐かしが込み上げて、話を聞き行ってしまい、一瞬50年前の自分に戻ったような気も少ししました。

岡林信康氏は今年デビュー50周年だということですが、まだコンサートをやっておられて、飄々とした感じは昔の面影通りで、「いい年のとりかただなあ~。相変わらずハンサムなおじさんだなあ~」という印象でしたね。(;´・ω・)

話せば長くなるので恐縮ですが、初めてフォークシンガーの岡林信康氏を間近で見て歌を聞いたのは、昭和43年(1968年)の11月か12月でした。
この年の9月に「山谷ブルース」でデビューしたばかりの頃でした。

私は新潟の高校を昭和43年に卒業後、名古屋近郊にあった1部上場の会社の工場に勤めていました。(4年後に辞めたのですが)

お借りした画像:  工場のイメージです

5~600人位の工場でしたが、高度成長の始まりの頃で、新卒を5~60人位採用していました。

当時、労音という音楽鑑賞団体があり、その主催で、高校の頃から「受験生ブルース」で知っていた、 高石ともや氏 のコンサートを、工場の先輩に誘われて、聞きに行きました。

そのコンサートで、最後に高石氏に、デビューしたばかりの21歳の岡林氏がゲストで紹介され、2~3曲歌ったのでした。

お借りした画像: コンサートのイメージです  by PIXABAY

それが、「山谷ブルース」と「チューリップのアップリケ」・・・。
フォークソングってこんなんだった?
21歳でどうやってこんな歌を歌えるのだろう?
19歳の、新潟から出てきた純朴な工場青年には衝撃的でした。
その後、結構なファンになり、3畳間の工場の寮に小型のステレオと、LPやシングルレコードをほぼ全部買い、安いギターも買って、練習もしたりしました。

勿論ものにはなりませんでしたが。(;゚Д゚)
他にも沢山あったLP等は、引っ越しのたびに、いつの間にかなくなってしまいました。

それからの岡林氏の紆余曲折と活躍はウィキペディアなど、ネット検索するとたくさん出てきます。
高石ともや氏も、76歳ですが現役バリバリですね。

私もその後50年、紆余曲折があり現在に至っております。
その間50年の話は、時々書いたこともありますが、また機会を改めますね(^^;)

今日も読んでいただきましてありがとうございます。

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