2018年8月26日日曜日

「もったいない」と「断捨離」 つづき

前回の続きの投稿です。

断捨離は、「もったいない」という観念が行きすぎて、ものが捨てられなくなり、居住空間を圧迫し、快適な生活が送れなくなる事から、自らを開放し、物理的にも精神的にも快適な人生を送れるようにすることが目的であると思います。

この3文字を分解してみると、
「断」は、入って(買って)来るいらないものを断つ。
しかし要るものは必要です。

「捨」は、文字通り、いらないものを捨てること。
逆に言うと要るものは残しておくということですね。

「離」は、物に対する執着を捨てること。
しかし今使ってなくても、「形見」のような物は捨てられないですね?




こうやって書いてみると単純なことではなく、なかなか一筋縄ではいかない考えのように思います。
そして前回書いたように、「もったいない」という日本人の基本的な感情にそぐわないことが悩ましいところです。

「もったいない」の究極は、最近テレビでも紹介している「ゴミ屋敷」あるいは「ゴミマンション」に行きつくかのように言われるかも知れないです。

しかし、そんなことは普通の生活では殆どなくて、「もったいない」ということは至って正常で、物や資源を大切にする、日本だけではない、現代に必要な考えであると思います。

我が家では一時、「断捨離も必要かも?」と話し合い、少しづつ手を付けて、古い衣類と、食器類、雑誌・本の類は少し処分をして減らしました。


その後カミさんの方から、
「何でもかんでもゴミにするのは辛いものがある。
今すぐ捨てなくても捨てようと思えばいつでも捨てられる。
今ある物(家財)で不要だと思うものはない。
あっても家が狭くなることはない。」

という貴重な意見があり、私の考えとは少し違うのですが、その意見を尊重して、その後は進めていません。

カミさんの考えも、確かに一理あって、何でも「断捨離」といって捨てるのも考えもので、後で捨てなければ良かった、失敗したなあ、と思うこともありえます。
残して差し支えないものは、残しておけば良いのだ(;゚Д゚)💦

「もったいない」も「断捨離」も行きすぎると困ったことに直面するかも知れないので、ほどほどにしようというのが我が家の暗黙の了解になっています。

我が家にある電気製品で、「パン焼き兼餅つき器」、ほとんどアイロンはかけないのに2つある「アイロンの古い方」、「ラジカセ2台」、ミキサーは使うが使わない「フードプロセッサー」「電気プレート」などは全く使っていないのですが、まだ「断捨離」していないです。

まあカミさんの言う通り、「いつでも捨てようと思えば捨てられる」のですが・・・。

今日も読んでいただきましてありがとうございます。

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