2018年2月28日水曜日

2月も終わりの日々の日常

現役を引退しても、月末は忙しかったころのように、何となくせわしない気が少しはしています。


メガネはいくつかあるのですが、その1つの、弦(つる)の部分のネジが取れてしまったので、「眼鏡市場」に行って修理してもらいました。




この「眼鏡市場」は、ここ10年来、年に1回くらい行っている店なのですが、どの店員さんもいつもお客対応が良くて、自分的には満足度:
100%の店です。


この眼鏡は他店で作ったものでしたが、気持ちよく対応してもらい、数分で完了して、無料でした(^^;)
こういう店では、次に買う時にもここで買おうと思いますね。


耳鼻咽喉科、花粉が急に飛び始めて、My「鼻」が反応してきました。
昨年より、やや早く、飛散量も多い感じがします。
いつも行く耳鼻咽喉科で、春先には25年以上通っています。
治療はおくすりを何回か鼻に注入して、点鼻剤と抗アレルギー・抗ヒスタミン剤の錠剤を処方してもらって終わりです。


最近の抗ヒスタミン剤は、1日1回飲むだけで効くので便利で、副作用も少ないということですが、私の場合は、効いている間は唇が微妙に、わずかにしびれた感じがします。


でもこれを飲まないと、洟が出っぱなしか、鼻が詰まる症状になるので、やむを得ません。
症状が軽いときは、1日置きにしたりします。


それにしても、春先の耳鼻咽喉科の待合室は、いつもいっぱいです。
小さいクリニックなのですが、、平日でも10人以上待っています。
土曜日に行こうものなら、午前中つぶれてしまいます。


次はいつものイトーヨーカ堂です。
8の日なので、5%引き。
カミさんに連れられてというか、お供でお買い物。


この店は滞在時間が長く、いつも余分に買ってしまいます。
今日は7,000円くらいでした。


この買い物で、今月の支出は終わりなので、集計が出たら公開とします。
2月はいつにも増して早いですね。


明日から3月、そういえばヨーカドーでは、ひな祭りの食材が並んでいました。


明日は春の嵐が来そうです。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月27日火曜日

非業の最期、英雄・護良親王

今日は「太平記」に登場する悲運の皇子、大塔宮護良親王を紹介します。
戦国武将のようには、あまり知られていないかと思います。
読み方が複数あるのですが、私は昔からおおとうのみやもりながしんのうと読んでいます。

子供の頃から、護良親王の話を、親父から聞かされていました。


延慶元年(1308年)~建武2年(1335年)享年28歳
後醍醐天皇の皇子であり、比叡山延暦寺の、天台座主でありました。
日頃から武芸を好み、自ら鍛錬を積む、きわめて例がない座主だったと書かれているそうです。

27年前の1991年、真田広之(足利尊氏役)主演のNHK大河ドラマの「太平記」がありました。
当時は食い入るように見ていて、今でもよく覚えています。


武田鉄矢の楠正成、高嶋政伸の足利直義役が印象的で、護良親王役は堤大二郎、凛々しく勇猛な皇子の感じを出していて、役にぴったりの好演だったと思っていました。


歴史上で、「無念」「非業」の最期を遂げた人物は、武将などには多くおられます。
この方は武将ではなく皇族なのですが、間違いなく、その言葉がピッタリの人物で、亡くなった私の父親が、尊敬していた人物であります。


「太平記」では、中世の歴史が大きく動いた後醍醐天皇の時代に、鎌倉幕府討幕を成し遂げた後、征夷大将軍となったものの、後醍醐天皇やその寵姫の阿野廉子と反目し、足利尊氏と争い捕らえられ、非業の最期をとげられた事が詳しく記されています。




鎌倉幕府を倒した功績は大きいものがあったのですが、まだ若く政治の経験が少ない、その後の行動は、周りの老獪な武将や、寵姫に振り回され、無念の最後を迎えるに至りました。


まるで、140年ほどさかのぼった、源義経の生涯のようにも感じます。


歴史にifはないのですが、もし護良親王が、征夷大将軍のまま、足利尊氏を倒して、政権を握っていたら、どんな社会になっていたのかな?と思ったりします。


逆に時代が100年も200年も遡ってしまったかも知れなかったですね。
或いはすぐに、応仁の乱のような、動乱が始まったかも知れません。


やはり歴史の中で、室町幕府ができる前に、護良親王の役目が終えたのは、歴史の必然だったのかと思ったものです。


護良親王に関心のある方は、下記の記事が参考になるかと思います。

護良親王          ウイキペディア
地域に名を残した大塔宮護良親王 五條市HP


今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年2月26日月曜日

ご先祖様

御先祖様の人数がどれくらいあるかと、考えたことがありました。

(※下に計算をしますが、あくまでも机上のものなので、参考程度にとどめてくださいね(;´・ω・)


誰でも、両親がいて、両親の父母は4人、祖父母の両親(高祖父母)は16人になります。

簡単にざっと、平均25歳で子供を成したとして、100年で4代遡ることになります。



私の場合、父母は大正生まれ、祖父母は明治中頃、高祖父母は明治初年から幕末生れ位になり、これは150年前くらいですかね。

それ以前は?と考えると、8代前は16人×16=256人
12代前は256人×16=4,096人で、更に16代前は、何と
65,536人という計算になりますね。

16代前というのは、上の計算で、私の生まれた時から約400年前ということなので、今から約470年前、西暦で1618年、江戸時代の初めということです。

ここまでは、数はあっているかなと思いますが。

現在日本の人口、1億2,400万人として、全ての人が、16代前に遡るとご先祖様が、1億2,400万×65,536=8京1,265億人??になり、兄弟が複数いたり、親戚同士の結婚で、重複があると思いますので、その重複の数を1世代当たり10人として、10×16世代=160とし、この数で割ってみます。

そうすると、約508億人という数字になり、現在の日本人口の400倍に近い数字になります。
かなり多いような気がして、何が何だかわかりません(;゚Д゚)

数学が苦手な人間が、計算するものではないですね(;´・ω・)💦

江戸時代の初めには、今の人口の1/5位の人口の筈でしたので、数字のマジックのような・・・。

それ以上遡って計算すると、もっと天文学的数字になりますので、止めておきます。

いづれにしても、4~500年もさかのぼると、現代の日本人の多数は、兄弟姉妹ということになるのでしょうか(;´・ω・)💦
あくまでも私、KAZUの机上の計算ですのであしからず(・・;)


以上の話は、数字のお遊びの参考程度にとどめていただいて、以下本題です。


落ち武者伝説、末裔伝説というのは、どの地域にもあるようですね。
特に平家などの、滅ぼされた氏族・武将は・・・。


所謂高貴な家系や大名家、またはその上級家臣の家には、正確な家系図が代々残っている場合も多いようですが、一般庶民の私などの場合は、5代くらい遡って江戸時代になると、もう良く解らなくなってしまう場合が普通かも知れません。


私が子供の頃に親父から聞いた話では、鎌倉幕府が滅亡したころ、護良親王という後醍醐天皇の皇子が、足利尊氏に攻められて、最後には28歳の若さで、無念の最期を遂げました。


その際、親王の従者の一部の人々が落ち延びて、とある山間の村に住み着いたのが、自分のご先祖様達だと、わが親父殿が常々言っていました。


その証拠資料(古文書)は、KAZU家の出身村のお寺にあるそうですが、現在私はそこを離れて久しいので、交流がなく確かめられません。


親父も亡くなってしまいましたが、生前親父は護良親王を敬愛していたようで、いま思い出しても懐かしい思い出です。


護良親王は、1335年に逝去されたので、今年で逝去683年めになります。
遥か昔ではあります。


私も護良親王は、歴史上の人物の中でも不運で非業の最期を遂げた方ですが、存在感のある人物だと思っています。
この方のことを、歴史の人物で書きたいと思いますので、また読んでください。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


クルマのことで、思ったこと

私の住んでいる所は、首都圏とはいえ地方都市なので、クルマがないと生活の質が悪くなり、難儀なところです。
バスもあるにはあるのですが、本数が少なく不便です。


若いころは、というより定年リタイアした65歳くらいまでは、クルマが家に2台あるのが当たり前で、クルマがない生活は考えられませんでした。


定年を機会に、クルマは軽自動車1台にしたのですが、スーパーの買い物で、重い荷物を持って帰るのに、やはり今はクルマは必要です。


しかし70歳を前にして、高齢者ドライバーの、事故のニュースなどを見るにつけ、いつまで乗れるかわからないなあ、という気持がだんだんと強くなってきています。





食料品や日用品なども、ネット通販を利用すれば、パソコンが使える限り、クルマがなくてもいいかな?とも思いますが、行動範囲が狭くなって、運動不足になるような気がします。


クルマに乗れなくなった時の事は、またいづれじっくりと考えることにして、昨今のクルマに関することで一言。


昨年、東名高速道路で、困った若いもんの煽り運転が原因で、夫婦2人が亡くなった大惨事の記憶はまだ新しいですね。
私の場合ですが、軽自動車に乗ってはいても、ちんたら走っているわけではないのに、どうも後ろに接近されて、煽られ気味のことが時々あります。


接近しているクルマの運転者は、煽っている気持は薄いのだろうと思うのですが、お互いの感情の問題もあるので、何らかの原因でトラブルになることも考えられます。


クルマに乗っている時は、前の車が遅くてもイライラせずに、接近・煽りなどせずに、紳士的な運転を心がけましょう(;´・ω・)


と言っても、煽るやつは煽るんですね(・・;)


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月25日日曜日

車谷長吉氏を思い出して

春になって、3年前の5月に、69歳で亡くなった、
車谷長吉氏(ウイキペディア)のことが思い出されてきました。

そして今年の夏には、私(団塊おじさん)も車谷氏が亡くなった年齢と同じく、69歳になります。(;´・ω・)


この訃報は、2015年5月19日(火)の、新聞朝刊社会面にも載りました。
GW後に金沢旅行に行ったときに、駅前のアパホテルで求めた新聞ですが、この車谷長吉氏の訃報を大切に切り抜き保存しています。


大変好きな作家でしたので、旅の途中のテレビニュースで、車谷長吉氏が食べ物を喉に詰まらせて亡くなったと聞いて、まさかと思ったのと同時に「もしかしたら、車谷さんらしい亡くなり方なのかな」と思ったのを思い出します。


車谷長吉氏は、いわゆる私小説家(わたくししょうせつか)です。
写真で見ると、坊主頭で風来坊然として、家は持っていたのですが、それ以外は「無一物」の言葉がぴったりの作家でした。


最初に車谷作品に触れてから、もう20年ほどになり、その間「赤目四十八瀧心中未遂」で芥川賞にも選ばれましたが、どの作品も好きですね。


亡くなる前の数年位は、あまり執筆をされていなくて、突然亡くなったので、もう彼の新しい文章には触れられなくなり、今でも残念に思っています。


気骨と覚悟があった作家だと今でも思っています。
あれからもう3年になり、私も車谷長吉さんが亡くなった年と同じになります。


車谷さん、ちょっと早かったですねえ~、  合掌。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月23日金曜日

いよいよ最終盤平昌五輪雑感

前評判では無事開催が大丈夫かと言われた、平昌オリンピックもいよいよ終盤になりました。




開会式までは、思いっきり政治利用の平昌オリンピックでしたが、日程を順調に消化しつつ、閉会式に近づいています。


今日のフィギュアスケートの宮原知子も、自己ベストを出しても惜しくも4位と残念でしたが、今回は実力通りの順位と、本人も笑顔だったそうです。
宮原も坂本もまだ若いのでまだまだいける。がんばってね!


それにしても優勝した、15歳ロシア女子ザギトワは、圧倒的な美しい演技で、素人でもこの子はチャンピオンだと思ってしまいます(;´・ω・)
それにしても美人(超がつく)は得なんだなあ~。


カーリング女子は、日韓戦延長でまだ結果が出ていないようですが、残念ながら負けてしまいました。
次は3位銅メダルを賭けてイギリス戦ですが、「そだね~ジャパン、がんばれえ~!」と応援している団塊おじさんです。(・・;)





閉会式に米国代表団のトップとして出席するため、米国イバンカ大統領補佐官が、ソウルに到着した。
文大統領と夕食会形式で会談し、トランプ大統領のメッセージを強く伝えたそうです。


文大統領は、「オリンピックをきっかけに南北関係が改善した。」とイバンカ氏に述べたそうですが、これはもうだめだと思いました。


パラリンピックを待たず、オリンピック閉会式後の朝鮮半島を取り巻く暗雲はますます厚くなっていくようです。
日本政府も本気になって、拉致被害者を取り戻すことに本気で取り組んでもらいたいものだと、今日はつくづく思いました。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月22日木曜日

「そだねージャパン」がんばれ

平昌オリンピックも終盤になりました。
開幕前後は、北朝鮮参加をめぐるごたごたや安倍首相の開会式参加の是非から始まりましたが、始まれば、日本選手の競技の頑張りに注目が行きます。


そんな中で、スピードスケートやフィギュアスケートのような華やかさはないのですが、カーリング女子(カー女)の活躍に注目が集まっているようです。





カーリングは今までメダルに届く戦いにならなかったので、冬季オリンピックのトピックとして取り上げられていた位ですが、今年はメダルもねらえる県内に入って、チームに期待が集まっています。


それに伴って、選手たちに取り付けられたピンマイクから流れる北海道弁に癒されるという人が多くなっているようです。


その北海道弁の「そだね~」という言葉に話題が集まり、テレビでもネットでもみんなが「そだね~」と言っていますね。
早くも今年の流行語大賞だなどという人もいます(;´・ω・)


「そうだね~」という意味合いなのですが、標準語と微妙に違うイントネーションと、彼女らの素朴さ・かわいらしさも伴って、応援して聞いている人をあったかい気持ちにさせるんだろうな。


関東の人にとっては、北海道弁は、関西や九州や東北などの言葉に比べると、割とわかりやすく、そして素朴な感じがして、好感が持てるんだろうと思います。


日本のカーリング女子の実力は本物だと思います。
いよいよ24日に、準決勝で韓国との対戦ですが、先ずはこの対戦相手を破って、メダルをとってもらいたいですね。


団塊おじさんも応援しています。(;^ω^)


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月21日水曜日

訃報、名バイプレーヤー大杉漣さん急逝

1時間くらい前、テレビを見ていたら、俳優の大杉漣さんの訃報が速報で流れました。
驚いてネットでニュースを確認したら、トップで記事がいくつも出ていました。


まだ66歳、急性心不全だということですが、早すぎますね。
表題のように、名バイプレーヤーの大杉漣さんですが、大変存在感のある演技をされる俳優で、いろんな作品が記憶に残っています。


テレビ東京の「バイプレーヤーズ」というドラマの主役の一人で出ていて、ネットニュースで、今日午後9時54分の本ドラマは予定通り放送するとのことで、今ドラマを見つつこれを書いています。


ドラマの中でも、存在感はあり、66歳より若く見え、とても急逝するなんて、全く思えないのですが、現実で残念なことですね。
団塊の世代の私より2年若く、平均寿命より10年も早いですね。


同年代の俳優で、深水三章さんが今年1月に、根津甚八さんが16年12月に、阿藤快さんが15年11月に亡くなっています。
映画やドラマで見ていた顔の有名人が亡くなったと聞くと、他人ごとではない気がします。

友人知人でも、俳優でも、同年代や、それより若い人が亡くなるということは、大変複雑な気持ちです。


それにしても、大杉漣さん、このテレビ東京の、一風変わったドラマで、いい味出していました。
そしてこのドラマが遺作になりましたね。



謹んでお悔み申し上げます。  合掌












今日も読んでいただきましてありがとうございます。


悩ましい35年住宅ローン

持ち家がない人で、30代後半位になってくると、自分の家が欲しくなる人も多いかと思います。
次のような理由かも知れません。




賃貸アパートやマンションは、家賃が高い割には狭い。

同年代がだんだんと家を建てる、あるいは分譲を買う。
⇒つい他人と比較して、肩身が狭いと感じるようになる。

子供にも勉強部屋が欲しいな。

不動産屋のチラシがよく入ってくる。
⇒今の家賃よりローンの方が安いと書いてあったりする。

ローンを組むなら早い方が良いかな?
⇒35歳で35年ローンにすると、完済時70歳になる(゚Д゚;)

今はとりあえず安定した会社・仕事が有るから(;^ω^)
⇒ローンの頭金の500万円位は貯まったので払える(`・ω・´)キリ

ここまで考えてくると、マイホームのイメージが膨らんでくる。


35年位前に、初めて家を買った時は、私もカミさんも、と言うよりカミさんの方が、家を買うのが積極的だったようでした。
「何とかなるさ」と、自分たちの考えも楽観的な時代でした。 


家を持つと住宅ローンの他に、いろいろ出費が掛かるものです。

家の周りに外溝・フェンスがあった方が良いな。
賃貸より広くなったので、家具もいいものを買い替えて~。
固定資産税も結構高い。
車庫が出来たので、見合った?クルマが欲しくなる。
・・・・・・・等


例えば、3千万円を35年ローン、固定金利2.5%で組むと、金利が1千万円ほど付き、元利4千万円払うことになります。
2,500万円のローンでも元利3,300万円ほどの返済になるようです。
この数字は、現時点で確かなものではないかも知れません)


現在は順調のように思えても、日本社会も、個人の仕事や経済も、35年先のことは、なかなか見通せないものです。


自分の経験をもとに、これから住宅ローンを借りる方にアドバイスするとしたら、


あまり無理をしないで、余裕を持った資金計画を立ててね。
ローンを払い終わるまでは、贅沢をしないで、貯金をしよう。
貯まったら、できるだけ繰り上げ返済をした方がいい。
70歳までに払えばいいんだと思わず、60歳迄完済を目指してね。
万一ローンが払えなくなりそうだったら、売ることも考えて・・。
とにかくリタイアするまでにはローンをゼロにした方が良いですよ。


ということでしょうかね。
若い方には、「それくらいわかっているよ! おじさん!」と言っていただければ、私も心配しないで済みます。(;´・ω・)


視点を変えると、近年空き家問題が持ち上がっていますね。
田舎だけでなく、都会でも空き家が増えているようです。
私の周りでも確かに空き家が増えていると感じます。


その反面、私の家の周りに限っても、新築の家やアパートがどんどん増えています。
分譲住宅もどんどん建っています。


やはり、新しい家が欲しい人が沢山いるんでしょうね?
人口減少、少子高齢化の日本は、住宅問題はどのようになるか、おじさんには、なかなかわかりません。


ただ空き家はこの先も増え続け、新築住宅は作り続けられ、35年ローンが終わるころには、家はかなり老朽化してしまう。
そして住宅ローン破たんは、減りそうになく、増える可能性が高いようです。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月19日月曜日

ネット通販で思いがけないトラブルの件

ネットを利用している方は、ネット通販も利用して場合も多いかと思います。




私は大手スーパーのネット通販や、楽〇、アマ〇ン等に登録しています。


大手スーパーの方は、今のところ運動のためにも、店(店舗)まで行って買った方がいいと思い、殆ど利用していません。
いつになるかわからないですが、先々車に乗れなくなったら、大いに使おうと思っています。(;´・ω・)


楽〇は、クレジットカードを作ったこともあり、ポイントもたまったりするので、時々注文を出しています。
大きなものはまだ買ったことはありません。


今日の話はアマ〇ンの件になります。


いつも使っている、大手家電メーカーの電動歯ブラシが、急に動かなくなりました。
このメーカーのものは、出初めの10数年以上前から何台も買い替えて使っていて、今のタイプも気に入っていました。


近くの大手家電量販店で見たら、私のお気に入りのタイプは、現在製造中止になっているようなので、なんでもありそうな、アマ〇ンで捜して見ました。


やはりありましたね(^^; 「さすが!」と思って、注文カチリ!
翌日の朝10時前、もう届きました。


ところが、届いたパッケージを見たら、同じ系統のものですが、番号違い色違いでで、欲しいものではありませんでした。(;゚Д゚)


このような、個人商店のような初歩的ミスを、アマ〇ンでもやるんだな?(;´Д`) とがっかり。
出品業者の何らかのミスかも知れないのですが、せっかく注文したのにこの結果では、どのような原因にせよ、お客は引いてしまいます。


たまに注文すると間違われるのだな~、なんらかの法則があるのかな?
早速返品受付センターへ、メールではなく、商品違いの電話連絡をした。
電話できる場合は、電話が一番スムーズです。はい。


電話で面倒くさがられるかなと思ったのですが、ところが、このセンターの窓口の担当者は、応対がとても良い(^^;)


ストレスなく、スムーズに話が進み、結局この品は返品して、改めて注文するということになりました。


よくこういった電話の窓口で、埒のあかない担当者がいたりするのですが、このアマ〇ンはとても感じが良いので、この点ではストレスにはなりませんでした。
ネットの評判通りで、この会社の教育はいいんですねえ~。


それは良かったのですが、いくら大手で、応対が良くても、たまに注文したのに品物違いが来ると、1万円ちょっとの商品でも、その連絡や返品の手続きで、時間をとられるので、「困ったことだねえ~。」としか言いようがないですね。


結果、結局郵便局引き取りを選んで、取りに来てもらって、もう一度注文しました。
私の欲しいイオンタイプの型番のものが、現在は製造中止のようで、店舗には売ってなく、在庫が残っていたアマ○ンで買うのが、やはりベターなので、・・(;´・ω・)


店舗で買い物するのと違って、通販の場合は、何にもトラブルがないと便利なのですが、一旦トラブルがあると、その処理になにがしかの負担(時間とか心配の心理負担)があり、時々かなりの負担がある場合もあります。


相手が間違うのに対して、こちらとしても、できるだけ間違われにくい注文の仕方がないか?と、注文方法をも考えなければならないかもと、あまり使っていない頭を絞っている所です。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。

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2018年2月18日日曜日

平昌、ブログのことなど雑感です

ブログを書こうかなと、パソコンに向かっていたら、平昌オリンピック、スピードスケート女子500mで、小平奈緒選手が金メダルを獲得したとニュース速報がありました。



スピードスケートで日本女子が金メダルを獲るのは日本初。
昨日の羽生結弦選手と、日本初・史上初が続いて、団塊おじさんも嬉しいですね。


それにしても小平選手、強い。
VTRで見たのですが、最後のゴールの時の伸びが凄くて、これで金メダルを決めたのかと思いました。


小平選手の強さの秘密とか、大卒後就職が決まらなかったこと、支えてくれた松本市の相沢病院のこととか、いろんなことが記事になっていて、人生ドラマが窺がえますね。



ブログを書いていると、ほかの方のブログも気になって、ブログ村など徘徊しています。
特に私も参加している、日本ブログ村の「団塊の世代」と「60代」は
特に良く見させていただいております。


同じ年代でも、自分にはできない経験をしている方や、共感できるブログを書いている方などおられて、見ていると、時間がすぐ立ってしまいます。


読ませていただくばかりで、コメントなどあまりしないのですが、いつも「いいね」と心で思っていますので・・・(^^ゞ
私のこのブログも、訪問してくださる方が、少しずつ増えてきているようで有り難く、また時々コメントをいただいたりするので、励みになっています。


私の年代は1949年(昭和24年)生れ、団塊世代の最後のランナーで、昔風の数え年で70歳、満69歳をいうので、今年が古稀になりますね(;´・ω・)💦


古希なんてのが、自分に来ることなど、全くも考えてもいなかったものでしたが、来るもんですね(・・;)💦


かつて同年代の武田鉄矢が歌った「思えば遠くへきたもんだ」という歌がありますが、私も本当に遠くへ来てしまいました。


まあ感傷にふけってばかりいないで、また明日からもいいブログを書こっと思っとります。はい。




今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月17日土曜日

五輪、日の丸、君が代

スポーツにはそれほど関心がない団塊世代おじさんです。


私の年代では、野球が好きだという方が多いと思うのですが、私は特にプロ野球は、それほど興味がありません。
昔東京に住んでいたころ、神宮球場にヤクルト巨人戦を観戦に行ったのが最初で最後でした。


やや関心があるといえば、相撲・箱根駅伝・夏冬オリンピック位ですかね。(;´・ω・)


そのオリンピックですが、冬季平昌オリンピックの真っ最中です。
始まってから、徐々に日本選手の活躍が伝えられています。





今日はそのクライマックスと言っていいと思いますが、男子フィギュアースケート。
金メダリスト羽生結弦、銀メダリスト宇野昌磨。
その演技をテレビで見ていましたが、羽生の金は圧巻でした。


前回の五輪以降二度の怪我、プレッシャーのかかる中での優勝・金メダルで、日本の全国民を沸かしてくれました。
そして、日の丸掲揚、君が代。


自分のことではないのに誇らしい。
鳥肌が立つ一瞬でしたね。
五輪二連覇は実に66年ぶりということで、これもびっくり。


そして、66年前に2連覇を成し遂げた伝説のスケーター、ディック・バトン氏(88歳)が、羽生にメッセージを送っていた事が、今日のネットニュースにありました。


伝説から、また新しい伝説が生まれますね?
このバトン氏、写真で見ると貫禄が出て、まだまだお元気そうでなによりです。


こういうエピソードは私も好きです。
と言うより日本人が好きなのですね。


今日は久しぶりに、オリンピックで、真ん中と左側に並んだ日の丸を
見て、君が代を聞いて、「日本人が頑張って良かった」と思える瞬間を味わえました。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


越後の龍 上杉謙信

新潟県出身のKAZUとしては、歴史に人物あり、のカテゴリーの最初に新潟(越後)出身の英雄、「越後の龍」「毘沙門天の化身」と呼ばれた、上杉謙信公の名前を上げたいと思います。


この記事の3行目に、上杉謙信と敬称をつけましたが、歴史上の人物なので、敬称は次の行からと次回からの人物にもつけません。




上杉謙信は、越後守護代長尾為景という武将の末子で、戦乱の最中の
1530年(享禄3年)今の上越市にある春日山城で出生
1543年(天文12年)13歳で元服して、長尾景虎と名乗る
1548年(天文17年)18歳で長尾家を相続。守護代となる
1553年(天文22年)23歳、信玄と対決第一回川中島の戦い
1561年(永禄4年)31歳、山内上杉家を相続、名を政虎、
            関東管領就任、次に輝虎を名乗る、
            最激戦の第4回川中島の戦い
1564年(永禄7年)34歳、第5回川中島の戦い
1570年(元亀元年)40歳、北条氏と和睦、法号謙信を称す
1571年(元亀2年)41歳、北条氏と同盟破棄、信玄と対陣
1573年(天正元年)43歳、武田信玄病没、越中を平定
1576年(天正4年)46歳、武田・北条氏と和睦
1578年(天正6年)48歳、関東大遠征直前、脳溢血で逝去

上杉謙信の一生を簡単な年表形式で書きましたが、これでは簡単すぎて
よくわからないと思います(;´・ω・)


各上杉家同士で争い、弱体化していた上杉家督を、長尾姓でありながら継ぎ、武田信玄と10年以上も闘いながら、関東にも17回大軍で出撃し、越中・能登まで平定した上杉謙信、どんな人物だったのだろう?


強い武将といえども、京の都や鎌倉あるいは尾張、大阪といった、当時の文化圏から遥か離れていた地方の大名なので、資料が多くないのもあると思うのですが、不明な点も多く、また諸説あるようです。


一般人の私には、一次資料に触れる機会もなく、有ったとしても読み解く力もないので、ウイキペディアや、ネット、研究本に頼るしかない。


小説や映画、テレビドラマも参考になるが、フィクションも多く含まれており注意ですが、その方が面白いのも正直なところです。


私の思う上杉謙信の人物像としては、

権威を重んじ敬意し、関東管領職にこだわり、かつ利用した。
義理堅く、約束事を守り、大義名分を重んじた。
戦場では勇猛果敢、正々堂々、ほぼ無敗。
家臣には寛容であったが、反乱も多かった。
自ら毘沙門天の化身と称し、質素、ストイック、女性の影が少ない。
有名な武将なのに、小説や映画・ドラマでは、意外と主役が少なく、主役の武将の敵役の方が多い。


謙信の越後統一後は、信濃・関東・越中などが戦場になり、越後の田畑は荒れることがなく、生産力は上がり、民は潤ったので、強い武将だったというだけでなく、現在に至るまで越後(新潟県)では人望が厚いと思います。


ただ富山県などの近県では、上杉謙信を嫌っている人が多いようです。
過酷な、神も仏もない非道な侵略者だった、という認識でしょう。
先祖が侵略されて、焼き討ち等にあったのだからな・・・。


武田信玄も、昔侵略された長野県の人はどう思っているのかな?
当然あまりいい印象では無いかもしれません。






私は甲斐の武田信玄も上杉謙信もどちらも好きな武将、歴史の人物です。嫌いな人には申し訳ないですが(;´・ω・)💦


越後(新潟県)は上越(上越市など)中越(長岡市など)下越(新潟市など)があり、南北に長い「国」です。


上杉謙信の居城は上越で、私の育った下越とは、距離も離れていて、更に新潟市は城下町ではないので、同じ「国」ですがどちらかと言うと、下越人の上杉謙信への思いは、やや抑えめかもしれません。


歴史に興味のある方は下記も参考になると思います。

上杉謙信 ウィキペディア
上杉謙信公ゆかりの地めぐり 上越観光ナビ


自分で書いていて物足りない気がしますが、拙い文をながながと書いていても飽きられますので、この辺にします。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月16日金曜日

歴史に人物あり

私は昔から歴史や歴史上の人物の本を読むのが好きでした。
最近はテレビのドラマはほとんど見ませんが、テレビの大河ドラマも好きで良く見ていました。



特に好きなのは日本の歴史で、武士が台頭したころから、戦国時代頃までの、いわゆる(前期の)中世の時代に興味がありますね。

そういえば、現役時「リタイアしたら、いっぱい歴史の本が読めるぞ。定年が早く来ないかな」と単純に思っていたものでしたね(;´・ω・)




歴史と言えば「人に歴史あり」というテレビ番組が、ありました。
東京12CH(現テレビ東京)・八木治郎司会で昭和43年から、12年間放送され、多くの著名人が出演した番組です。


昭和43年と言えば、私が高校を卒業した年なので、もう50年前になります、何となく記憶に残る番組でした。


この題名をちょっと真似させて頂いて、「歴史に人あり」と名づけたカテゴリーで、私の好きな、或いは気になり、注目する歴史上の人物をとりあげて、紹介してみようかなと思いつきました。


歴史は人が動かすもので、まさに歴史に人あり。
書く内容は、私の関心のところを個人の独断の感想で書く予定です。


ということで、次から時々書きますのでよろしくお願いします。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月15日木曜日

郵貯ATM暗証番号で落ち込んだ件

日中は暖かくなってきて喜ぶのも半分で、花粉が飛び始めて、鬱陶しくなるのが半分の季節になってきました。


50歳代くらいまでは、花粉症は鬱陶しいどころか、苦しみだったのか、年とともに症状が少し軽くなってきたような気がしています。
その代わり、6月くらいまで、鼻がぐずぐずしています。





そんな中、郵貯に入金があるので、近くの郵貯のATMで引き出しに行きました。
いつものように暗証番号〇×▽▲を押したのですが、「暗証番号が違っているので押しなおしてください」、と画面に出ます。


間違った暗証番号を入力したとは思わず、「おかしいな、打ち間違いしたかな?」と思いつつ、もう1回同じ暗証番号を入力したら、また同じ画面になる(゚Д゚;)💦💦


3回間違えたら、フリーズ(凍結)になるそうなので、「なんで番号違うのかな~?」とよくよく考えたら、この暗証番号は違う通帳のだと、やっと気が付きました。(気が付くのが遅すぎる~(-_-;))


3回目に正しい暗証番号▢*#$を入力して、なんとかお金はおろせたのですが、あと1回番号を間違えると、フリーズになってしまいます。


絶対に間違いないと、2回入力するまで思いこんでいたので。
やばいよ・やばいよ?
これは老化現象だよね?
いや認知症の始まり、前段階なのかも知れない?・・・(;´Д`)
番号を紙に書いといて、他人に見られたり、置き場所忘れたら?
カミさんに言っといて、カミさんも忘れたら・・・(;´・ω・)





今まで暗証番号を、打ち間違えたりしたことはなかったので、今回は間違ったこと自体に、いろいろ先のことまで心配して、本当に落ち込んじゃいました


3回、暗証番号を間違えても、窓口へ行けば、本人確認をして解除してくれるのですが、それもおっくうですしね。


次回からATMでは、思い込みで番号を打ち間違えたりしない様、初めに番号を確認してから、行こうと改めて思った次第です。


つまらない間違いなのですが、ちょっと深刻に思った件でした。



朝 珈琲、牛乳、トマトジュース、パン少し

昼 野菜入りインスタントラーメン

夜 麻婆豆腐、玉葱サラダ、ご飯



今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年2月14日水曜日

今年も小田原、曽我梅林に行きました

関東地方でも、もう梅が咲き始めました。
今年は昨年より少し遅いようです。



昨年も行った、小田原の曽我梅園では、梅まつりが始まっています。


平日で天気の良さそうな日を選んでいたのですが、今日はピッタリその日で、小田原に行ってきました。





このところ毎年曽我梅林に行っていて、梅を愛でて梅干しを買ってきています。
何故かこの小田原のこの場所が好きです(^^;)
暖かいですしね(;´・ω・)




曽我梅林の別所というところですが、平日の水曜日にもかかわらず、お客さんのけっこう来ていました。
駐車場もいっぱいで。


梅もいろいろ品種があるのですが、白梅は満開で、しだれの紅梅はまだつぼみで、バランスよく咲いていましたよ。


まだ雪の残る初春の、のんびりとした1日を、小田原の梅畑で過ごしてきました。


曽我梅林で買った梅干しその他です。
写りが今一つですが、無添加でおいしそうです。
たくさん買ったので、今年いっぱい持ちそうです。(^^ゞ
       ⇊



今日も読んでいただきましてありがとうございます。



2018年2月13日火曜日

奨学金借りて、破産が増えているらしい

大学時代に奨学金を借りて、卒業したのは良かったが、その後就職に恵まれなかったりで、返済が滞り、難しい状況になっているという話が、時々ニュースになっていました。


昨日の朝日新聞デジタルのニュースで、その件が詳しく出ていました。

奨学金破産 過去5年で延べ15,000人 親子連鎖広がる
https://www.asahi.com/articles/ASL1F7SBXL1FUUPI005.html


私も学生時代、「日本育英会」から奨学金を借りていました。
1970年代4年間で384,000円、1カ月にすると、8,000円でした。


無利子でしたが、一般貸与で全額返済義務があり、卒業後、13年で返済した記録が残っていました。
今から思えば少ない金額ですが、当時は生活は自分でやっていたので、有り難い奨学金でしたね。


年額30,000円程の返済なので、それほどの負担ではなかったのですが、借金は借金なので返済の負担感はそれなりにあり、完済した時は、やはりほっとしたのを覚えています。


これは40年以上前の話で、現在では、300万縁前後が多いようです。
このニュースの中で800万円の例がありましたが、これはかなり特別な場合だと思うのですが、平均的な300万円の借金でも、返済するとなると、負担感は大きいのでしょう。


現在は奨学金を借りる場合、連帯保証人と保証人を立てるか、保証料を払って保証機関で保証してもらう場合を選ぶのですが、どちらにしても、回収(取り立て)は厳しく、逃げ得は許されないようになっています。


連帯保証人は基本的に親がなるので、返せなければ当然、親が責任を負います。
保証機関の場合でも取り立ては厳しいでしょう。


最終的に、奨学金が返せず自己破産になるものが、年3,000人を超えているという統計が出ているそうです。
そこまでいかなくても、苦しみながら返済を続けていく人は多いのでしょう。


昔も今も、金額の差はあっても、奨学金は借金です。
多少制度を見直したとしても、返さなければ、それなりのペナルティはあるものです。


大学を目指す若者も親も、大学入学時に、将来(卒業後)奨学金を返せなくなって破産になる、などということは考えられないと思います。


しかし、そのリスクは数%かも知れないが、あるということをも考えつつ、奨学金を借りるか借りないか、借りない場合は、4年間経済的に大丈夫か、いろいろな選択肢を探ってもらいたいな、と思いました。



朝 珈琲、牛乳、ジュース、パン少々

昼 手製肉野菜ラーメン、

夜 チーズ、ハンバーグ+野菜
  おにぎり2個



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2018年2月12日月曜日

訃報、川地民雄さん逝去

俳優・川地民雄さんが、2月10日に亡くなりました。
脳梗塞だったそうですね。79歳。
以前にも脳梗塞になり、リハビリもやっていたそうですが。


川地民雄さんは、団塊世代より一回り近く上の世代なのですが、この世代の方の訃報を聞くと、複雑な気持になると同時に、当時見ていた映画館や、時代の景色が蘇ります。


有名人だけでなく、一般人でも、特に男は亡くなる人が増える年代です。





川地民雄さんと言えば、私にとっては、70年代初めに菅原文太との共演のの東映映画「まむしの兄弟」シリーズが印象的ですね。
2人の絶妙のコメディタッチのコンビは、いまだに覚えている映画の思いでです。


その後に有名になった映画「仁義なき闘い」のリアルさに比べると、コメディ的なぬるい感じが又良かったですね。


後年に萩原健一と水谷豊の「傷だらけの天使」というドラマが日本テレビで放映されましたが、この「まむしの兄弟」が原点なのかもしれません。?


当時学生だったのですが、横浜市白楽西口、六角橋商店街にあった紅座で、「まむしの兄弟」や、他の(今でいう)反社会集団映画を安い入場料金で見ていたのが懐かしい思いでです。
その紅座も、ネットで検索したら、平成2年に閉館していました。


菅原文太さん、高倉健さんも亡くなり、このころ出ていた役者さんも亡くなっている方も多いですね。
昭和も本当に遠くなりにけりです。


お悔みを申し上げます。<(_ _)>


今日も読んでいただきましてありがとうございます。

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2018年2月11日日曜日

アルマーニ? (どうでも)いいんだけどね

東京中央区立泰明小学校(児童数335人)のアルマーニの制服標準服の件


泰明小学校の教員や、保護者の方々の意見・考えはあまり伝わってきませんが、周辺で炎上していて、標準服をアルマーニを決めた、ここの校長がいろんなところから叩かれまくられているようです。




特に上から目線のテレビの、気楽なコメンテーターが、この校長を叩いているのを見ていると、KAZUくんとしては、「君たちは、関係ない部外者なんだけど(`・ω・´)キリ!」とつい突っ込みを入れたくなります。


私個人としては、成長盛りの小学生の服に、一式8万円か9万円也の高価格な有名ブランドを、選ぶスタンスはどうかと思うのですが、当小学校の校長は3年前から検討していて、良いアイディアだと思っていたのでしょうね?


この学校のある中央区に住んでいなく、学校とは関係のない多くの人間とか、メディアが、面白おかしく取り上げて、間接的に、変わったことをする校長を叩く、炎上させる傾向になっているのもやや違和感もあります。


こういう問題を、つい斜めから眺めたい団塊おじさんとしては、「この学校だったらいいんじゃないの? アルマーニでもバーバリーでもユニクロでも!?。こういう場合は、当事者同士で考えたら(;´・ω・)」と思っています。


この泰明小学校は、区立小学校ではあるが、学区内だけでなく、他の学区から、抽選で希望の児童を受け入れている人気校で、ほかの公立小学校とは、やや違った趣があります。


そういったことも頭にあって、校長が考えた結果だったのでしょう。
憲法26条(教育を受ける権利ほか)を持ち出して批判・評論しているのも見受けますが、学校の中、あるいはもう少し広げて、中央区で考えればいいのではないのかな?


そういってしまえば元も子もないと言う方もおられましょうが(;´・ω・)


今回は炎上してしまいましたが、この件で、泰明小学校が全国的に有名になって、一般的に制服(標準服)がどのくらいの金額なのか、アルマーニって1975年創業のけっこう新しいブランドなんだな、とかいろいろ解ってよかったかも? と思いました。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月10日土曜日

どちらが先に・・・。

こんばんは、




俳聖 松尾芭蕉の「おくの細道」の序文に、
月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也・・・
 とあります。

月日(光陰)は、永遠の時間を旅する旅人のようで、やって来ては去り、去っていく年月もまた同様に旅人のようなものである。


というような意味の様です。
人生を旅人に例えることは、よくあり、石原裕次郎の歌にもあるようです。


この年(団塊世代の私のことです)になると、人生の旅もそろそろ一段落に近いようで、松尾芭蕉の俳句や、言われたことが少し理解できるかも知れないような気がします。


松尾芭蕉は、「おくの細道」で、東北から、越後、北陸を回って、美濃大垣に到着するまでに、多くの俳句を残しています。
特に越後で詠んだ句は、私は昔から親しんでいます。


そして越後も、美濃大垣も、私の人生にはどちらも、ゆかりのある土地なので、松尾芭蕉には昔から親しみが湧いているのです。
新潟は1年か2年に1回は行くのですが、大垣市にはもう10年以上行っていないので、またいつか行きたいと思ってはいるのですが。


私の旅も終わりがいつかは来るのですが、「カミさんより後にはなりたくないなあ~。先に逝きたいなあ~」と常々何となく思ってました。


以前からカミさんには「俺が先に逝ったら俺の葬式はやらなくていいよ」と言っているのですが、ただここのところ心境の変化で、でもその場合やっぱり苦労掛けそうだから、カミさんを送ってから逝った方がいいのかも?と思っているのです。


そうすると、1日でもカミさんより長生きしなくてはならないので、嗜好もほどほどにしなくてはと思っています。(・・;)


でもこればっかりは、「神(仏)のみぞ知る」ということですがね?


ただカミさんも「自分の葬式はやらなくてもいいよ」と言っているのですが、どうなることやら。(;´・ω・)


最近有名人でも伴侶を亡くされた方がニュースになっていたり、自分の妹やカミさんの妹も、夫を亡くしているので、時折真剣(マジに)に考えることがあります。


というか、そんな年になったのだな~と感慨深いものがあります。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月9日金曜日

平昌オリンピックいよいよ開幕

平昌オリンピックの開会式





92か国・地域から2,900人超の選手参加


四季が始まった午後8時の現地の気温はマイナス2.7℃ まあ良かった


日本選手団の入場行進、日の丸・旗手の葛西紀明


安倍首相開会式出席、日本選手団に手を振る


ペンス副大統領、開会式前の夕食会に出席見合わせ


韓国・北朝鮮の選手、合同で入場行進


韓国大統領、北朝鮮の金永南・金与正氏と明日昼食会


開会式で北朝鮮応援団、竹島が入った統一旗使用



いろんなニュースが流れています。
オリンピック関連のニュースは世界が注目しているようです。


韓国・北朝鮮共々、大いにオリンピックを政治利用しているようですが、それとは関係なく、団塊おじさんは、日本の選手に活躍してもらいたいと応援しています。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月8日木曜日

団塊おじさんの1日と、思ったこと

2月8日、今日の1日

7時45分 起床

8時30分 朝食 と言っても 珈琲、牛乳、トマトジュースのみ

午前中   パソコン、読書

13時   カミさんのリウマチ内科受診、運転手兼お供で出かける

14時半  夢庵というファミレスで食事
      竜田ナス味噌ランチ 647円   私
      さわら柚子ランチ  971円   カミさん
      ドリンクバー237×2=474円
      合計2,092円

16時   の日なのでイトーヨーカ堂で買い物
      このスーパーにはいつも2~3時間います      
      食料品買い物 9,369円
      100円のコーヒーを飲みながら、スマホと本

19時前  帰宅
      おつかれさま(;´・ω・)
      いや!全然疲れてないって(・。・;



19時のNHKのニュースを見ながら、月桂冠
今日のニュースは、平昌冬季オリンピックがトップかな?




オリンピックの競技より、周辺国の政治的な動きの方が、ニュースの中心で、これでいいのか?という感じです。


主催国の韓国と文政権の存在感が薄く、北朝鮮の存在感が際立っています。
管弦楽団、美人?応援団にみんなの関心が行っている中で、北の軍事パレード、したたかな北の政権です。
ペンス米副大統領、安倍首相の動向も気になります。




オリンピック後の朝鮮半島は、どうなるのか?
春から夏、韓国に行く予定もないとも言えないので、不安な気持が尾を引きます。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月7日水曜日

冬の年寄りの楽しみは読書とネット

寒いので、外に行くのがおっくうになります。
大雪の日本海側の方々の苦労に比べると、「何を言ってんだ」と言われそうで、申し訳ないのですが(;´・ω・)


公園の散歩も、ややご無沙汰になったりして、最近はスーパーに行くくらいになっています。


そうなると、お金のあまりない私は、パソコンに向かう時間が長くなり、旅行会社のHPや、ネットショップや、ブログの徘徊が多くなります。
あっ、それにニュースです。


昨日も楽天のポイントがたまっていたので、それを使おうと思って楽天市場を徘徊していました。
ネットショップの徘徊はするのですが、物欲が低くて買いたい「物」はあまりないのが、私(我が家)の現在です。


それで、送料無料で探してニッカを少々注文しました。
生鮮食品や一般食品は、運動と健康?のため、まだスーパーに行って買うようにしています。


もう一つの読書ですが、感想を書きます。


書名 謙信の軍配者

著者 富樫倫太郎

発行 中央公論新社
   2011年刊








代表的な好きな作家は、堂場瞬一と富樫倫太郎ですが、前にも書いたことがあります。
この本は富樫倫太郎の、「軍配者シリーズ」の3部作の第3作目です。


第1作が「早雲の軍配者」、2作が「信玄の軍配者」となっています。
北条早雲の軍配者は、風間(摩)小太郎。(青渓)
武田信玄の軍配者は、山本勘助(四郎左)(鷗宿)
上杉謙信の軍配者は、宇佐美冬乃助。 (養玉)


軍配者に関しては、山本勘助の青年時代を含めて、ほぼ創作人物と言っていいと思います。
ただし武田家に仕官後の勘助は、私が知っている山本勘助です(;´・ω・)


3部作になっており、3人とも子供時代は不遇で(四郎差はその中でも極め付けですが)、10代のころ足利学校で出会い、その後切磋琢磨して、各戦国武将の軍配者として大成した。


軍配者とは、戦国時代に、戦術立案だけでなく、主に占いや呪術的行為の結果などで、出陣や戦闘開始の日時、戦勝祝賀や、築城の日時・儀式・作法を指示し、天気・気象も読んだそうです。


戦国時代中期以降になると、有名な竹中半兵衛や黒田官兵衛などの、戦略・戦術を立案し、武将に献言を主にした軍師、いわゆる「参謀」タイプの武将が主力になっていきます。


この3人の軍配者は、どちらかと言うと、「参謀」に近いようです。


史実と重ねて、「第4回川中島の戦い」後までの40年以上を描いています。
この中に出てくる謙信も、信玄も、勘助も大河ドラマや他の小説などに出てくる人物像とは、一味違っていますね。

特にこの作品で、山本勘助は妻子を慈しむ、人間味あふれる人物として描かれており、魅かれる人物像です。


越後上杉謙信(長尾景虎)と甲斐武田信玄の、11年に及ぶ川中島の戦いですが、最終的に勝敗は着かず、お互いの国力・戦力を消耗させ、天下をとることはできない結果になりました。


上杉謙信は武田信玄を、極悪非道・親不孝者と罵っていたそうですが、若し早くから同盟関係にあったとしたら、天下を取るたかどうかはわからないですが、関東甲信越を抑えていたかも知れず、武田家は滅亡をまぬがれていたかも知れない・・・などと歴史のロマンに浸たったりしています。


甲斐の国は信濃の国に比べて、半分以下の面積・生産力・人口なのですが、小国に在った甲斐武田氏が、信玄の頃に両国とも抑えていたのですが、この強さは何処から来たのかなどと、考えたりしています。


朝 珈琲、牛乳、トマトジュース、食パン1枚

昼 手製ラーメン

夜 牛肉ステーキ、お浸し、アボガド、ご飯
(牛肉は12月に買って冷凍庫にあったもの)


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月6日火曜日

仕事・再雇用・失業給付金・年金

私にとって、この投稿の題は、65歳定年時に、いろいろ悩ましく検討した問題でした。


それについて書いてみますね。




勤めていたのは、中小企業だったので、就業規則もそれほどキッチリしたモノがなく、65歳まで勤めた人も前例が取締役1人のみと少なく、「定年」という概念がけっこうあいまいでした。
(私以前の人の場合は、60歳で完全定年で、それ以降は1~3年アルバイトのような形で・・・)


私が65歳の頃は、一応60歳定年で、65歳まで嘱託として延長できるけど、給料は約6割弱。
ただし雇用保険関係の、高齢者の給付金というのが少しありました。
退職金は60歳時に出なくて、わずかな金額が65歳の時に出ました。


60~64歳の5年間は、働いていれば少ないけれど、給料が出て、厚生年金が掛けられているので、「まあいっか」と思っていました。


65歳になった時、定年退職になったのですが、「あと何年かアルバイトのような形で勤めてもらってもいい」という話もあったのですが、それに乗らなくて、退職ということにしてもらいました。


退職にした理由は、その会社はなかなかハードな仕事で、朝も早く、若い社員が多く、年寄りで気遅れしたせいもあります。


しかしまだ(他で)数年は働くのもいいなと思って、雇用保険の給付の手続きをして、週2~3日働けるところを捜すようにしました。


65歳で年金も出るし~(・・;)、そんなに焦らなかったこともありましたので、残念ながら、そういった働き場所はなかなか見つからなかったですね。


シルバー人材センターにも登録したのですが、ここでもなかなか希望のところがなく、紹介があってもお断りしているうちに、早や3年以上経ちました(;´・ω・)


現在、「毎日が日曜日の生活」で、体も「なまる」し、定年退職した会社で、アルバイトをした方が良かったかな? と時々思ったりすることもありますが後の祭りでした。





仕事とお金に関する考えは、人それぞれだと思いますが、特に中小企業で、これから60歳、65歳で定年を迎える方々も、仕事とこれからのお金をどうするかじっくり考えられることをお勧めします。


「充分蓄えはあるよ!悠々自適だ!」という方は、別ですが ;´・ω・)


コネなしで仕事を捜そうと思うと、意外と思うほど、自分に合った仕事はないかも知れません。


私のように、何にも仕事をしなくても、今のところ何とかなっている生活でも、心になんだか焦りのような、取り残され感のような、老後不安のような気持が出てくる人もいると思います。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月5日月曜日

やはり私は質素で「つましい」が似合っていると思った

人の金銭感覚は金持ちか貧乏か、年代、性別、お金に関する考えに大きく影響されると思います。


私の場合は、甚だ一貫性がなく、決して質素倹約だけでなく、その時々によって大きく違ってきました。


質素の反対に「贅沢」という言葉がありますが、今思うと、私もお金がなかったにも関わらず身の程をわきまえず、贅沢な支出(浪費)をした事があります。
ちょっとそれを挙げてみます。


1.「家」を今までに3回買い替えていて、3回目の家に今住んでいます。
2回目に買った家は、3年も住まずに、買った価格から、400万円位下げて売りました。



2.夫婦でクルマを持っていて、新車は1年から9年で買い替えていた。
定年リタイアしたときに、9年乗ったプレマシーは調子が良かったのですが、気が大きくなり、ノートに買い替え、次の年にホンダの軽にした。全部新車です。(;゚Д゚)💦

3.海外旅行に10回以上行った。(これは浪費ではないですが)




4.電気製品は割と気軽に買い替える。


まだあるようですが、この辺にして・・・。


以上のようなこともあるのですが、自分本来のけち精神を発揮して、質素な生活も心がけている面もあるのです。


1.お金は(個人に)貸さない、借りない。

2.カレンダーの裏を小さく切ってメモ用紙にする。

3.ゴミ袋が20円、15円程なのですが、ごみが多いとき、大の袋にぎゅうぎゅう詰めにする。をもう1枚使うのがもったいないので。(;´・ω・)

4.食器など洗いものをする時、もったいないのでお湯を出さない。

5.平成に入って服はあまり買っていない。
特にスーツは2着か3着くらい。(10年に1着かな)
いまからもう1着を買うか迷っている。

6.眼鏡も買いたいけど、迷っていてまだ買わない(-_-;)

7.昼食は麺類を自分で作るの場合が多いですが、具は冷蔵庫の中の余って捨てる寸前の野菜を入れる。
自宅警備員ならぬ、自宅冷蔵庫管理人です。

(3と7については、カミさんに「けちだなあ~」といつもばかにされます。)(;´・ω・)

配偶者のことを、今まで「家内」と書いていたのですが、今日から心境の変化で「カミさん」と書くようにしました。


今日は一貫性のない私の、他愛のない話で恐縮です。


70歳を前にして、物欲がなくなってきました。
お金を使うのは旅行位になるかな?と思います。


やはり自分には「質素」・「つましい」が似合っているようです。


朝 珈琲、牛乳、トマトジュース、パン少し

昼 鶏肉野菜スープ のみ

夜 玉葱コロッケ、焼き鰯、サラダ、ご飯




今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月4日日曜日

子供の頃、こわいなあ~と思った病気

怖いと思うものは、人それぞれあると思います。


高齢になると、一番怖いのは「病気」でしょうかね?


もう高齢者になってしまった私ですが、子供の頃、こわいな~と思った病気がいくつかありました。
それについてちょっと書いてみます。




1.マラリア
父親が戦後、ソ連の抑留から帰ってきた時、マラリアに感染していました。

マラリアは、蚊に刺されて、マラリア原虫が赤血球に入り込み、数日高熱などに襲われる症状がある病気で、父は戦後から長期間悩まされていました。

戦後は抗マラリア剤など殆どなかったと聞いていました。
父は旧軍(か米軍)関係者のつてで、キニーネというのを分けてもらっていたようでしたが、副作用も強かった様でした。

後年はマラリアの症状が出たことは聞いていませんが、完治はしていなかったのかも知れません。

子供心に、父を刺した蚊が自分を刺したら、自分もマラリアになるかなと、ひそかに恐れていました。(゚Д゚;)


2.破傷風
昭和39年、新潟地震のとき、新潟市内は地下水と信濃川の水が増水しました。

小学生の女の子が、裸足で泥水の中を歩いたせいだと思うのですが、足から破傷風菌が入り、1週間ほど高熱や痛みに苦しんで亡くなったと聞きました。

この病気は本当に怖いですよ。


3.肝硬変
小学校高学年の頃、近所に住む同級生の父親が、おさけを飲んで寝て、朝起こしに行ったら冷たくなっていたそうです。

おさけ好きのお父さんで、40歳そこそこだったのですが、症状がかなり出ていたのでしょうね。

そのせいで、小学生の頃から、肝硬変は怖いものだと、刷り込みました。
旅行に出かけると、おさけを飲む私は、「そろそろ危ない、要注意!」と思ってはいるのですが。


4.喫煙、虫歯から歯髄炎⇒その部分が癌化 
以前に親しい先輩のことで書いたのですが、まさしくこの病気で、わずか44歳の若さで亡くなりました。

都内の有名大病院で、下あごの半分を切除しても、転移・再発して亡くなったので、大変気の毒で、とても他人ごとではありませんでした。

9月に虫歯が痛すぎたので病院に行ったら、がんと診断され、あっという間、3カ月後に亡くなりました。

葬式は平成になる前年、昭和の終わるみぞれの降る冬のことでした。
私はそのころ、カミさんに言われたこともあり、20年間の喫煙の習慣を止めました。

この4.は子供の頃の話ではなく、40歳すぎのことです。


なお、病気に関しては、正しい知識ではないかも知れません。
間違っていることがありましたら、ごめんなさい。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月3日土曜日

高齢者の投資はお気をつけて

コイン通貨取引所のコインチェックから、580億円の仮想通貨が流出して、騒動になっていましたが、その後の進展がよく見えません。




この流出した仮想通貨は、顧客が預けた通貨でありましょう。
会社は返すと言っているのですが、「期限」は言ってないので、返せないかも知れないな、と思ってしまいます。


仮想通貨を買って預けている人たちは、投資として、儲けようと自己責任で行っているので、投資には縁のない、顧客以外の者からすると、どうでもいいよね(;´・ω・)
と思っているのでしょうね?


ただその顧客は、投資で損をしたわけではなく、預けた仮想通貨が流出というか溶けてしまったので、納得がいかないでしょうね。


仮想通貨は昨年来から、テレビや雑誌でも取り上げられていたのですが、私も「仮想通貨がなぜいいのか?」と知識を得ようと頑張ってみたのですが、その良さは全く分からず、関心がなくなっていました。


ギャンブルよりはましなのかとは思いますが、まだ株式投資の方がわかりやすいですね?


投資話は、盛り上がってきたころにはピークだと、よく言われますが、
仮想通貨も株もその通りなのかもしれません。


株にしても今は高すぎて手が出ません。
日経平均が15,000円位になったら、買えるかも知れないですが、まあ~無理でしょうね(^^;)。


これを読んでいただいている、高齢者・シニアの方も、額の多寡を問わず残した、大事な老後の資金(虎の子などといいますね)を、良さが解らないものにつぎ込んで、失ってしまわないように、注意しましょうね(;´・ω・)💦


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月2日金曜日

やはり相撲の話題で盛り上がっているが

昼間テレビを見ていたら、ワイドショーでは相撲協会の理事選の話題で、相変わらず盛り上がっているようです。


ワイドショーだけではなく、ニュース番組もですね?
一般の国民の関心は、不倫か相撲だけしかないのか? と、突っ込みを入れたくなります。


相撲は時々、NHKテレビの中継を、最後の5~6番を見る位で、国技館にも一度も行ったことがない私です。




元々、それほどの相撲フアンではないのですが、テレビでもネットニュースでも、この話題が多いと、ちょっと見てしまいますね。
「他にニュースはないのか(`・ω・´)キリ」とか言いながら・・。


世のシニアの方で、私のような御仁も多くいるのではなかろうか、と思っています。
テレビで相撲の話を”これでもか”と流すので見るのか、視聴者が関心があって見たいので流すのか・・・ですね。


ただ相撲界に限らず、傷害事件はダメですね。
この問題はきちんと報道はしてもらいたいものですが。


貴乃花派と八角理事長派の確執? 相撲協会の古い体質・隠ぺい体質? 貴乃花が理事選で落選? 横綱白鵬のエルボーでKO


話題としては面白いし、関心のある御仁も多いのでしょうが、相撲を見に行ったこともない、団塊おじさんとしては、どうでもいいといえばどうでもいいことなのだな。(;´・ω・)


テレビは公共の電波を使っているのだから、もっと伝えなければならないことが、いっぱいあるだろ?
とやはり思ってしまいます。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。


2018年2月1日木曜日

ブログのことなど

今日から2月ですが、雪交じりのお天気になっています。


ブログを始めたのが、おととしの6月なので、1年8カ月ほどになりました。


初めは半年くらいは、何とか続けようと思っていたのですが、思いのほか? 続いています。


これもひとえに、このブログに訪問してくださる読者がおられるおかげだと感謝しています。


やはり目に見えないですが、読者の皆さまがいることで、モチベーションが上がるものですね。
ありがとうございます。


続けられる限りブログを書き続けようと思っていますので、今後とも宜しくおねがいします。


ブログを書くのもですが、ブログを書き始める以前から、日本ブログ村などのブログのランキングで、同じような境遇の、「シニア」「セミリタイア」「貧乏」「無職」カテゴリーなどのブログを徘徊していました。


最近はやはり、「60歳代」とか「団塊世代」などのブログをよく、徘徊・訪問しています。


やはり同世代なので、ブログを読んで「あるある」とか「共感できるなあ~」とか独り言を言いながら、時間を過ごしています。


同世代のブログで、急に前ぶれもなく、閉じて削除されたり、閉じてはいないのですが、更新が途絶えたりするのも、以外に多いです。
これはたまたま私が訪問していたブログが、それにあたっていたのかも知れませんが(・・;)


ただ、時々私のブログにコメントをいただいたり、こちらからコメントしたりしていた方のブログだと、「どうしたのかな? なにか事情があったのかな?」と心配になることもあったりします。


またシニアカテゴリーのブログだと、日々の病気療養や、闘病中で頑張っておられる方も目につきます。


自分だったら、この方のような病気だと、気が滅入って、耐えられないかも知れないな~と思うブログもあります。
早く良くなればいいなと、心から思ったりもしています。頑張っている同年代の方のブログは、とても励ましになります。


私は定年リタイアした1年後の翌年に、何か月か、なぜか理由もなく落ち込んで、神経症のような鬱のような状態になった事があったのですが、色んな方のブログを見て、気持が軽くなって治ったのかも知れないと思ったことがありました。


医者にも行かずに治ったようでしたが・・・。
まだ治ってないのかも知れませんが、その時のブログのおかげで軽くなったのは確かです (`・ω・´)キリ


この私のブログも、落ち込んだりした人の、気晴らしになったらいいなとか思って書いたりしています。(^^;)
少しでもお役に立ったらいいですね?


今日も読んでいただきましてありがとうございます。