そういえばそうだなと思いつつ、ネットで検索してみました。
確かにそうですね、市ヶ谷駐屯地総監室で、三島氏が盾の会の森田必勝氏と共に自ら命を絶った日が、1970年(昭和45年)11月25日、もう早や47年前で、所謂、三島事件ですね。
三島事件 (ウイキペディア)
私は当時21歳、大学に行く前で、名古屋近郊の1部上場の、化学会社の工場に一労働者として勤めていました。
テレビのニュースで日本中を驚ろかせて、若輩者の私も驚きと関心を持って見ていた記憶が蘇ります。
その年は大阪万博があり、東京府中東芝の3億円事件の2年後で、騒がしい時代の昭和の記憶として、強く印象に残っています。
とてもインパクトのあった事件でした。
政治の時代だったのかも知れません。
この事件で、三島氏らと行動を共にし、事件の大きな役割を果たして、逮捕された学生の中で2人のK大学学生(横浜)がいました。
なぜかこのことも、いまだに思い出します。
私はその後会社を辞めて、1972年に彼らと同じK大学に入学しました。
この大学は、他の大学の紛争が収まりつつあったのに対して、72年当時も、左翼系の学生の運動が収まらないどころか、エスカレートしていた時代でした。
抗争で亡くなった学生も出ました。
入学式は無かったし、授業が左翼系の演説でつぶれ、試験が中止になり、レポートのみで単位が与えられ・・・ということが思い出されます。
私は、このような周りの騒がしさに惑わされて、あまり勉強せず、何のために社会人から大学に入ったのかわからない大学生活を送っていました。
このころのことは、以前にも書いたのですが、この時の至らなさが、今の自分に結びついているのかと思います。
今だに汗顔の至りですね。
今日の食事
朝 牛乳、コーヒー、トマトジュース、ホットドッグ2本
昼 手製・卵野菜スープ のみ
夜 羊肉でジンギスカン ご飯、紀州の梅干し、味噌汁
今日も読んでいただきましてありがとうございます。