2017年9月27日水曜日

人間老いて、足るを知る・・・か

ネット徘徊をしていたら、現役時代によく考えていた、「足るを知る」という言葉に出会いました。

ブログ村の、60歳代という、私も参加しているカテゴリーで、お気に入りに入れている、「団塊シニアのひとりごと」という、ブログの
年金生活「足るを知る」”という今日の記事です。

自分なりにまとめて恐縮ですが、この方は、長い年金生活で、足るを知る心を持つことこそが大切だと、言っておられます。

この言葉の意味を、ネットのGoo国語辞書で検索してみました。
⇒ 足(た)るを知(し)・るの意味 


また京都の龍安寺の茶室の手前の蹲踞(つくばい)に、「五・隹・疋・矢」という言葉が刻まれています。
真ん中がになっているので、吾唯足知(われただたるをしる)と読めます。
遥か昔の日本人の深い心がうかがえますね。

「足る」という基準は、人によってそれぞれ違うし、否定的に捉える方の意見もあります。

否定的な意見というのは、
為政者・権力者が民衆を従わせるために、使った言葉だ。
経営者が従業員に、或いは富めるものが貧しいものに、その辺で我慢しろというものだ。
自らの向上心を抑えるものだ。等々・・・。

そういう面があるかも知れないし、年齢や立場によって考えはいろいろあると思いますが、私の定年後の年金生活では、欲望はほどほどにし、質素な生活を心がけていきたいものだと思っています。

「吾唯足るを知る」・・・好きな言葉です。
唯、他人に強いるものではないですね?

今日も読んでいただきましてありがとうございます。