2017年9月18日月曜日

このブログのスタンスと、敬老の日の想い

こんばんは、団塊定年おじさんです。

このブログを始めて早や、1年3カ月が過ぎました。

ブログを始めた頃は、訪問者数が0~2・3人でした。
今もマイナーなブログですが、PV数が300前後で、その半分として、150人位の方が訪問していただいているのかな? と思っています。

こんなマイナーな私のブログにとっては大変な数で、本当にありがたく思っています。 <m(__)m>ありがとうございます

そこで新しく訪問していただいている読者の方に、改めてこのブログの基本的なスタンスをお示し致したいと思います。

できるだけ、1日1記事は書きたいです。
マイナーな匿名ブログとは言え、日記的な部分と、事実関係やプロフィールに嘘は書きません。
どうしても書きたくない部分は、ぼかすことがあります。
雑感などは、思っていることを、至って真面目に、偏見を恐れず書いています。
PCスキルは低いので、日々勉強です。(;´・ω・)

以上ですが、今後ともこのように書いて行きますので、宜しくお願いします。

さて今日は敬老の日です。
今は9月の第三月曜日ですが、以前は9月15日が敬老の日でした。

母親の命日がその9月15日の敬老の日です。
敬老の日に亡くなるというのは、大変皮肉なことですが、
もう18年前になる、2000年のシドニーオリンピックの、開会式の日だったので、忘れることができない、敬老の日になっています。

当時母親とは別に暮らしていて、その日は確か土曜日でしたが、事故にあったという連絡と、その後無くなったという訃報を、妹から電話で聞きました。
妹は母親の近くに住んでいて、臨終の時に立ち会ってくれました。

79歳という年齢で、平均寿命まで生きられず、かといって早すぎるということはないかも知れないのですが、望むことはもっと長生きしてもらいたかったということでした。

今思っても、華やかなことが何一つなく、地味で苦労が多かった人生だった母親でした。

その(私の)妹の夫(義弟)の葬儀(9月12日)の翌日に、命日よりちょっと早かったのですが、1年ぶりに母親の墓参にも行ってきました。

近しい身内や親せきが亡くなるというのは、寂しいの一言に尽きます。

今日も読んでいただきましてありがとうございます。