2017年5月5日金曜日

私の住まいの買い替えについて part3


こんにちは、GWの最終日で良い天気です。
まだ土日が続くので、お休みはあと2日ありますか。
中小企業にお勤めですと、土曜日出勤で飛び石連休でしょうか?

団塊定年おじさんのブログを読んでくださっている方は、私のように毎日がGWの場合も多いかもしれませんね? (^^;

昨日に続いて住居の変遷の思いの続きを書きます。

多摩ニュータウンから出た昭和63年ころは、まだバブル経済が続いており、大変な人手不足の時代でした。

脱サラをやめて、勤めようと思えば、求人はたくさんありましたが、バブル期でも、自分の経歴、能力、年齢、やる気のせいですが、大きくて条件の良い会社はなかなか採用されません。

自分のチキンな?性格もあるのですが、そういうことがあるので、「良い会社」は受けなくて、簡単に入れる会社(中小企業が多い)を選んで、すぐ入れたのですが、そいう会社は、業績が傾いたり、倒産したり、所謂ブラックなところもあったりして、また転職を何回か繰り返すことになりました。

そんな生活の中で、既に平成に入っていました。
平成2年、またローン(当時の金利は7%位)で家を買うことにしました。
1年位勤務実績があれば住宅ローンが組めました。
田舎の1戸建てで、たまたま建売分譲住宅を、あまり考えないで、買ってしまいました。

バブルがはじけたころで、不動産価格は少し下がってきており、東京都内よりは格段に安かったのですが、現在から見ると、土地は同じ場所の5倍位はしたようでした。

この家自体は広くて快適だったのですが、なにしろ田舎で、近所の付き合いが濃密すぎました。
今まで都会のマンションや、アパート暮らしの家内には耐えがたいものがあったり、その他諸々の事情もあり、ここを売ってもう少し「町」の方に引っ越そうということになりました。
家の売却、引っ越しは慣れていたので、安易な考えでもあるのでしたが・・(;´・ω・)

3,000万円で買って、2,600万円で売りました。(-_-;)💦
バブルははじけていました。

2人暮らしには広い家だったので、家具なども買い足していたのですが、すぐには買い替えの家は見つからず、またアパートに入ることにしたので、かなりの家具や家財を処分(断捨離?)しました。

家賃6万円の2階建てのアパートは、1階だけで生活し、2回は家財道具置き場・・・(;゚Д゚)
そこに住んでいたのは、1年弱でした。
ここでも新築の家を探していました。
これが結構楽しいものでしたよ。(^^ゞ

会社を変わるたび、引っ越しするたびに、友人知人が少なくなり、最後には殆どいなくなりました。
財産もどんどん減っていきますね。
読んでいるあなたも、「KAZUKUNくんお前はダメ人間だったな~。」と思いますよね?
妹やその旦那も、私にあきれていたかも知れません。

今だから言えるのですが。生まれてから亡くなるまで、1か所に住んでいて、会社も入社後定年まで1社という人がいたら、羨ましいな~、楽だな~と思いますね(^^;

次に見つけたのが、今住んでいるマンションです。
このころの話や、当時思っていたことを、part4 に書きますので、また立ち寄ってください。

ここまで読んでいただきましてありがとうございます。

2 件のコメント:

  1. はじめまして。団塊最後の世代で年金暮らしです。
    私も転居の数は多いのですが、結果的には終の棲家として現在の石川県にJターンしました。
    知人ゼロですが、気楽といえば気楽なような。
    part4を楽しみにします。
    向後、よろしくお願いします。

    返信削除
    返信
    1. 呑兵衛あなさんコメントありがとうございます。
      私の転居は学校卒業以来10回を超えています。そのうち3回が買った家です。
      なぜかちょっと恥ずかしい気もしています。
      今のマンションはもう23年住んでいるので、やや落ち着きました。
      呑兵衛あなさんの無無無庵も拝見させていただいています。よろしくお願いします。

      削除