2016年11月27日日曜日

小学校時代の映画

こんにちは、団塊定年おじさんです。

私の小学校時代、昭和30年代前半の庶民の娯楽で、大人も子供もラジオと映画の比重は大きかったようです。
ラジオは昨日書いたので、映画について少し書きます。

昭和30年代ころ、どの地域でもそうだと思いますが、映画館は今よりもずっと多くありました。
繁華街だけでなく、もっと場末や住宅地に近い所にも結構ありました。

小学校1年の夏休み迄、町の中心部に近い所に住んでいました。
ここも映画館が多かったですね。松竹、東宝、東映、日活などの映画館があり、松竹映画館が住んでいたところのすぐ近くでした。

それで、1年生の1学期に2回くらい松竹映画館に、なぜか1人で見に行った記憶があります。
花菱アチャコ主演の2等兵物語のシリーズの幾つかを見ましたが、子供ながらに面白かった印象がありました。
たぶん3本立てだったですね。

1年生の1学期の終わりに、親ががんばって、市の中心から離れ所の新興住宅地に、小さい家を建てたので、夏休みに引越しをしました。
その時は、家の数もまだ少ない場所で、近所の小学生もまだあまりいませんでした。(1年位で急に増えました。)

友達も知り合いもいない土地で、越してきてすぐ、夏休みの雨上がりの日に、外で1人ぽつんと遊んでいたら、近所の2学年上の3年生のH君が声をかけてくれました。

このH君も少し前に越してきたところで、意気投合してしまいました。
このH君も映画が好きで、映画をよく見に行く友達になりました。

住んだ場所は、すぐ近くには映画館はなかったのですが、歩いて15分くらいの所に東映と、20分くらいの所に東宝の3本立て館がありました。

東宝のほうに行くことはあまりなく、ほとんど東映でしたね。
子供料金60円くらいだったと思います。
H君と1日中映画館にいたこともありました。

映画は東映時代劇全盛で、その頃は中村(萬屋)錦之助、大川橋蔵、東千代ノ介、里見浩太郎、市川右太衛門、大友柳太郎などが主役級で華やかでかっこよかったですよ。
大友柳太郎は特にかっこよく大ファンでした。
女優の名前はほとんど知りませんでした。(;´・ω・)

小学校低学年の頃、同級生などで映画好きなのは、石原裕次郎(日活)が人気でしたが、私は日活の映画は全然見なかったので、あまり興味がありませんでした。

小学高学年から中学生になって、行動範囲が広くなって、松竹や東宝の映画も見るようになるまで、東映一辺倒でした。(・_・;)
日活はどういうわけか、あまり見ませんでした。

テレビがやや普及しだしても、映画の放送は現在のようにやっていないので、映画館に行かなければ映画は見られない時代でした。
3本立て館は子供料金は安かったので、結構映画に行けたのかなと思いますね。

今日も読んでいただきましてありがとうございます。


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