2016年10月9日日曜日

昭和の忘れられない人

どうも、団塊定年おじさんです。

以前にも「昭和も(は)遠くなりにけり。」というようなことを書きました。
昭和は私が40歳までの人生を過ごしていた時期です。

その時期に、なぜか今も忘れ得ぬ人々がいます。
しかもたくさんいて自分が年を取ると、もう思い出のかなたにいる人になってしまうかもしれません。
今のうちに記録しておこうと思います。

その中で2人の方を少し書いてみます。
人生の中で偶然袖がすりあったといえるような人たちです。
そのように考えると、両親を始めとして全ての人が偶然に知り合ったことになりますが・・・・・。一期一会ですね。

今日と明日でそれを書きます。

1人目
私が小学校から高校を卒業するまで住んでいた家の、となりの家のY氏です。

昭和2年生まれで、名前が昭二といい、高校の教師でした。
うちのおやじより10歳位若い隣人です。
昭和30年代は、30歳代ということになります

昭和のはじめ生まれの人は、昭一、昭二、昭三などという名前がよくありました。年齢が数えやすいですね?

子供のころ、おじさんだな~と思っていたのですが、いま思うとまだ青年!でしたね?
昭二さんには、男の子供が2人いました。
上の子は私より、5~6年位下でよく遊んでやったという記憶があります。

私が高校生になったころ、昭二さんから、「うちの子は出来が悪いので、ときどき勉強を教えてやって。」と頼まれたことがあり、その通り卒業するまでときどき見てやったりしました。

その時彼は、小学校高学年くらいでしたか。
確かに出来が悪かった小学生だった?ようでした。(;^ω^)
私は、学校の先生なんだから、自分の子を自分で教えられないのかな?!と疑問でしたが、いろいろな事情があったのかな。

うちの親が鉄工所の工員でしたので、教員というインテリにはあこがれもありました。
でも自分が大学に行って教員になるという選択肢は当時は全くありませんでした。

高校卒業して県外に行ったので、その後Y氏一家とは縁が無くなりました。

今日はこの辺で失礼します。

ではまた。今日も読んでいただきましてありがとうございます。


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