2016年8月10日水曜日

昭和30年代後半は中学生でした

昭和30年代 Ⅳ

こんにちは、団塊定年おじさんです。

こんな、きわめて個人的な私の昔のことを、読んでいただいている、あなた、ありがとうございます。

まあ、これがブログというもの??なので、
こんなおじさんもいるのか、まっいっか? 
と読み飛ばしていただければ幸いです。(;´・ω・)

少年時代の日本海地方のことを、書いてきましたが、やはり日本海、北陸といえば雪ですね?
確かに今から50年前は、今よりもっと雪が降っていたと思いますが、雪で困った記憶はあまりありません。
海に面している所はあまり降らないのが理由の一つだと思います。

それでも20~30センチ位積もるのは、よくあることでしたが。
唯一強く記憶に残るのが、いわゆる38豪雪と呼ばれる、昭和38年(1963年)1月の全国的な豪雪のときでした。

このときの記憶ははっきりあります(;´・ω・)
確かにたくさん降りました。中学1年の自分にも、
雪が降って喜べなかったでしたね。

中学校と高校は冬は石炭ストーブがありました。
エアコンはまだありません。
気温が10度以下に下がったら、火をつけると、決まっていたようです?
いわゆるだるまストーブです。形はいろいろでしたが。

現在では、石炭ストーブはほとんど、ないでしょうね。
薪ストーブはありますが。
若い人では、石炭ってなーに? という人も多いのでしょう。

昭和38年11月、日米間のテレビ衛星中継が始まり、その実験放送でケネディ大統領がなくなったニュースが飛び込んできました。
現在でも時々目にする映像ですね。

アメリカ社会の闇?世界情勢の複雑さ?
テレビのすごさ、将来性を日本中にわからせた事件でした。と思います。

このころから、日本の高度成長が本格的に始まりました。
この高度成長は、世界の流れと、田中角栄の政策の結果なのでしょうか?

でもその頃の私はまだガキで、世の中のことが全くよくわかっていませんでした(;´・ω・)💦

今日はこの辺で失礼します。


今日も読んでいただきましてありがとうございます。